2009/05/28

北インド・ブッダゆかりの洞窟

10数年ぶりにインドへやってきた。前回来た時は、南インドを中心に巡っていたが、今回、北インドにあるブッダゆかりの巨石を訪ねた。何も、5月末の酷暑のインドに来なくてもと言われそうだが、スケジュール的にそうなってしまった・・・・。


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バンコクからコルカタ行きの旅客機の中は、ほとんどがインド人だったが二人の日本の旅人も乗っていた。我々は、さっそくタクシーをシェアし、一緒にゲストハウスの集まるサダルストリートへ向かった。夕方のラッシュアワーと、道の分からないドライバーのお陰で、サダルストリートに到着したのはすっかり日が暮れていた。その日、伝説の日本人宿に泊まり、出会った青年達と夜遅くまで旅の話で盛り上がった。

20日、午前中はゆっくりして昼過ぎにマザーハウスに行ったが、あいにく昼休みで中に入れず。コルカタの裏通りは、人混みに牛や羊、そしてゴミと悪臭で妻は精神的にかなりショックを受けたようだった。

旅行代理店でコルカタ、ガヤ間の特急列車を予約する。インドの列車は、かなりハードなので列車移動はファーストクラスにすることにした。午後540分にコルカタ駅を出発し、ガヤ駅に到着したのは深夜11時を過ぎていた。ガヤは、ゴータマ・シッダルタが悟りを開いたブッダガヤの最寄の街だ。ガヤ駅へ降りると構内と外に大勢の人々が眠っているのが見えた。暗がりの中、人を踏まないように注意しながら、駅前のホテルを探す。何軒か回りながら要約ホテルを決めて休もうとするが、なかなか寝付けない。深夜だというのに大きな音で音楽が流れていてうるさいのだ。まさにガヤガヤとしている街だ。


21日の朝、トゥクトゥクをチャーターして、ブッダガヤへ向かう。

ここは、ゴータマ・シッダルタが悟りを開いた場所で知られている。菩提樹の下で彼は悟ったといわれ、その何代目かの菩提樹の真後ろにあるのがマハーボディー(大菩提寺)で、中にはブッダの像が安置してあった。参拝者達は、熱心にブッダ像に手を合わせていた。ここで会う人々は、どこかフレンドリーである。妻は、ここで出会った見知らぬインド人の老夫婦から一緒に記念写真を所望されていた。







また、偶然にも結婚式をしたインド人の若いカップルが正装をして寺院の前で記念写真を撮っていた。何ともピースフルだ。






菩提樹の下で、しばらく樹を見ていると日本語の堪能なあるインド人男性が声をかけてきた。彼は、ブッダガヤの近くにあるスジャーター村、ブッダが悟りを開く前に6年間籠もった洞窟がある岩山を案内したいというのだ。上手な日本語を話し、かつては日本人の団体のガイドの仕事をしていたという。一瞬、怪しいと思いつつもお話しする、よさそうな人に見えたので、これも何かのご縁と思い案内してもらうことにする。


ブッダガヤから大きな橋を渡り、しばらく行ったところにスジャーター寺院がある。ここは、ゴータマ・シッダルタが苦行で衰弱した時、長者の娘スジャーターが乳粥を与えた場所だ。今では、小さな寺院にガジュマルが生え、チベット仏教のタルチョがはためいていた。また、寺院の隣には立派なヒンドゥー教寺院もあった。




その後、トゥクトゥクは舗装の無い道を30分くらい走りながら昔ながらの農村に入った。すると、田園風景の背後に細長い岩山が横に広がっていて、その中腹に建物が見えた。建物はチベットの寺院で、その後ろにブッダが6年間籠もった洞窟があるという。この岩山は、ドゥンガシリ山といい前正覚山とも呼ばれていた。








日中はかなり暑くなってきたので休み休み上ることに。チベット寺院の背後に洞窟が現れた。中に入ると畳4畳半くらいの空間で、奥に金色に輝く苦行者の像が安置されていた。こんな小さな洞窟で、ゴータマシッダルタは修行をしていたのかと思い、私もしばし座り瞑想をした。しばらくすると、入り口近くにヒンドゥーの神々が祀られていることに気づく。








ブッダガヤは、いくつかの国の仏教寺院と共に、ヒンドゥー教の寺院があった。ヒンドゥー教においてブッダは、ビシュヌ神の化身ともとらえてられていて、ブッダはヒンドゥー教の中では一つの神と見なさる。

まるで、日本の神仏習合のように、ここインドのヒンドゥー教と仏教も古層においてつながっていると思った。


                        ニューデリーにて   郡司 拝